42年めの4.13

42年めの4.13

今年 還暦になる俺の

毎年この日に公開している1975.4.13 回想記です!

長いけどよかったら今年もお読みください。

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ある日、それは突然 目に飛び込んできた。

「キャロル解散!!」の文字。

新聞に載っている週刊誌の広告だったように思う!

まるで寝耳に水で、とても信じられない、

そして受け入れる事のできないニュースだった。

自分が当時組んでいたバンドの仲間と何故なんだろう? などとさんざん話し合ってみたがわかる訳もなく、

また、残念ながら解散に関して公式に理由が発表されることもなかった。 

とても悲しかったが、それから4.13に向かっていくCAROLを見守ることしかできなかった。

解散が決まったあとアルバム「GOOD BYE CAROL」と最後のシングル「ラスト チャンス」が発売された。 

「GOOD-BYE CAROL」は茶色い地のままのジャケットにGOOD-BYE CAROLと印刷されているだけのシンプルなもので、

中に入っていたのもB4より小さいくらいの紙に誰かの手書きにより、曲目とごく簡単な説明が載っているだけだった。

写真一枚つかっておらず、あまりの簡素な作りに唖然とさせられたものだ。

しかし、内容は盛り沢山ともいえるもので、曲作り風景や歌詞ができる前の明らかにアヤシイ?永ちゃんの英語風の歌い方など

ファンにとっては今だにタマらない一枚ではある。

そしてシングル「ラスト.チャンス」、なんて意味深な曲名なんだろうと思った。

買ってすぐ、何度も何度も聞いた。

曲はかるいノリのロックンロールなのにジョニーの書いたCAROLでの最後の歌詞は、

自分や仲間達に何かを訴え、考えさせた。

そしてB面の「変わりえぬ愛」、曲やアレンジの完成度もさる事ながら、

やはり心をつかまれてしまうジョニーの詞、

それはまるで永ちゃんとジョニー自身に向けて綴られているかの様に思えた。

…時がすべてを変える 消えた恋 君は変わりすぎた 届かない…

60歳になる今でもこの曲を聞くと とてつもなく切なくなってしまう…

結局、自分とバンドのメンバー全員(四人)でCAROL最後のステージを目撃しに行くことにした。

1975年4月13日、横須賀の京浜急行 汐入駅(成り上がりの中で語られているグランドオスカーという店に一番近い駅)に朝六時にメンバーと待ち合わせた。

私とほかの二人は時間通りに集合したが、もう一人、ドラムスがなかなか現れない。

もちろん十代の頃だから、六時なんて死にそうなくらい早い時間帯ではある。

しかし、今日は特別な日なのだ!

しかも! なんと言う事か、野音のチケット四枚ぜんぶ彼が手配し、持っているのだ。

まあ、普通ならそんなに焦る必要はない、 しかし!今日の野音は指定席もくそもないのだ!

早く行かなければ それだけ席が悪いところになってしまうのだ!

結局、彼はただの寝坊で三十分遅れて現れた。 

もちろん我々は彼を怒る間も惜しんで日比谷へ向かった。

日比谷公園に着いた時には、すでにかなりの人数が長蛇の列をなしていた。

最後尾について周りをながめると、いるいる、リーゼント達や皮ジャン達、

ラジカセでCAROLを聴いているテディボーイ、テディガール、もちろんあくまで普通っぽい人まで、

様々な人たちが最後のCAROLを見ようと並んでいた。

開演は確か三時、まだまだだ。

そのうちにギターを持った長髪のグループがてくてく歩いて、並んでいる我々の列の横を通っていった。

「あいつら、今日CAROLのラストライブって知らないのか?ギター持ってこんなとこ通って」

などと勝手にメンバーとひそひそ話しあったが、なんと彼らは、前座で演るバンドだったんだと始まってからはじめてわかった。

列に並んで何時間たった頃だったろう、後ろの方からバイクの爆音が聞こえてきた。

並んでいる皆が一斉に爆音の方を振り返る。  

振り返った時にはもう何台かの先導バイクが通りすぎ、

一台のオープンカーが横切るところだった。

あっ!! CAROLだっ!

意外にはやいスピードだったので一瞬ではあったが間違いない、

ジョニーが並んでいる皆にむかって何か叫んでいたが歓声がすごく、聞き取れなかった。

予想もしなかった登場の仕方に自分もメンバーも、そしてそこに並んでいた人たち誰もが一気に興奮を覚えた。

長い待ち時間でくたびれていた人たちも全員が生きかえった様子だった。

しかし、その興奮が比較的整然と並んでいた列にうねりを生み、前や後ろに押し合い、へしあうようになり

整理係が誰にともなく押さないようにとばす声にもなかなかおさまりがつかなかった。

その後またしばらく待つことには変わりないのだが、またまたうれしい事が起こった。

今度は、なんと、CAROLのリハーサルの音が聞こえてきたのだ!

聞いた事のあるイントロ、そうだ、「メンフィステネシー」だ!

日比谷野音は野外なので、音をさえぎる物が壁くらいしかないから良く聞こえるのだ。

われわれはうれしさのあまり笑っていた。

今日のこの日に野音を会場に選んでくれてありがとう!

ただ、それはリハーサルと言うよりミキシング等のセッティングの為のものらしく、イントロだけで終りだった。

三回ほどのイントロ演奏で、ユウ岡崎が毎回叩きかたを変えていたのが印象的だった。

その時、我慢できなくなった仲間のひとりはステージの方を覗き込むため塀をよじ登り、

はり付いて覗き込んでいた。

そして何時頃だったのかは覚えていないが、やっと開場の時刻になり、

並んでいた列が前にどんどん進みはじめ我々もやっと野音の中へ。 

席を確保し、ひとりづつトイレへ行き、飲み物を買って、こちらも万全の準備が完了。

  

そして今だ伝説の燃え尽きるラストライブがはじまったのだ!

いくつかのバンドの演奏があり、楽しくて笑わせるものやコンドームをふくらませて客席に何個も飛ばすような演出のものなど

様々で面白かったが、あるバンドが途中でチューニングの具合が悪いと言って、演奏を中断し

チューニングを始めてしまったのには暖まっていた客席のムードもやや引き戻された感じだ。

しかし、CAROL前のトリ、バッドボーイズが我々のそんなもやもやを登場したとたんに吹き飛ばし、

客席を一気に熱くしてくれたのだ。 

バッドボーイズビートルズのコピーバンドで、レコードも出していた当時人気のバンドである。

誰もが知っているビートルズのナンバーが次々と演奏されていくと、私たち観客はどんどんヒートアップしてきた。

サウンドはもちろん初期ビートルズ風のギターの乾いた高音を強調した「ピキーン」としたものだったが、

音の反響がなく拡散する野音では、予想に反して耳ざわりがとても良かった。

バッドボーイズが何曲演ったのかは覚えていないが、途中でメンバーが 解散してしまうCAROLへのメッセージを話しはじめた。

細かい部分は遠い記憶なので違っているかもしれないが、

「僕たちもキャロルが大好きなので、今日で解散してしまうというのが大変ざんねんです!

 花向けとして、僕たちの一番好きなキャロルの曲をおくります」というものだったと思う。

そして、「ハニーエンジェル」をオリジナルアレンジのまま演奏してくれたのだ。

…(ところでこれには後日談があり、2003年5月30日 内海さんの50歳の誕生パーティがさる場所で開かれ、

出席させてもらったが、その日数多く呼ばれたゲストの一人に、そのバッドボーイズ(〜オフコース)だった清水仁さんが来られており、

内海さんとのトークの際に、清水さんが「そう言えばあの時ハニーエンジェルやったな〜」

すると内海さんは「へぇ〜そうだったっけ?」と全然覚えていなかったので妙におかしかった。)…

これには感謝感激、そしてまさに、いよいよのCAROLへの準備完了を予想させた。

空もすっかり暗くなり、いよいよCAROLの登場だ。

顔を真っ白に塗りたくったパフォーマーがC.A.R.O.Lと一文字づつ踊りながら板をかざして並べてゆく。

うーん、とにかく早くCAROLが見たいのに!!

だが、やっと英語で一人づつメンバーの名が呼ばれ待ちに待ったCAROLが登場してきた!

四人揃って見られる最後の日。。。

野音は最高の盛り上がりで、この時の歓声はかなり遠くまで響いただろうと思う。

そしてメンバーがポジションについた。ふと気がついた時には「ファンキーモンキーベイビー」が始まっていた。

あれ?イントロは?  

あの、誰でも聴いた事のあるであろうウッちゃんの出だしのフレーズが、

ギターの音が自分達には届いてこなかった。

(自分のいた場所はかなり後ろの方の席ではあったが)

皆の大歓声のせいなのかと思ったが、どうもPAやらのボリュームのせいもあるらしかった。

間奏の時にははっきり聞こえるようになっていたので、やはり機材の問題だったようだ。

後に出された音源や映像では、もちろん出だしからきちんと聴こえているが、

自分らの個人的な思い出からすれば、最初の出だしのアノ部分は聴こえていないのがリアルなのである。

そして、その後は誰もが良く知る4.13の光景が繰り広げられて行ったのだ。

演奏の事は映像で観る事ができるし、また自分も観客としてノッていたので覚えていない事も多いが、

その他の事で印象に残っているのは、まず武田鉄矢

内田裕也氏らそうそうたる顔ぶれのゲスト紹介の中で、

彼も皮 ジャンを着ていたが本人も言っているように似合っているとは思えなかった。

それにどう考えても場違いなところにいるなと自分で認識しているのがハッキリ伝わってくるような緊張ぶりが妙におかしかった。 

そして、館ひろし。 

アルバムにも収められている「エーちゃん、俺のマブダチだから」という場面、

やはりこれは強烈に記憶にある。

当時、COOLSという集団については週刊誌などで紹介されていた事もあり存在は知っていたが、

その時はまさかバンドを始めるとは思っていなかったので、

後に「紫のハイウェイ」でデビューした時は驚いたものだ。

おそらく当時はCOOLSが何者なのか知らない人も多かっただろうと思う。

TV放送された4.13を見ると、開演前の客席にマイクを持ってCAROL解散についてのコメントを聞いてまわる舘ひろしの姿が写っているが、

のちのちにこれを観て驚かされた人も多かったのではないだろうか。

自分らは後ろの方だったので「こっちまで来てくれないかな。。」などと思いつつもあきらめ半分ではあった。

もちろん、CAROLのメンバーにマイクを向け話を聞いていたのも舘ひろしだった。

今では周知の事実である。

すべてが終わり、燃え上がった炎も鎮火した。 

まるで予期しなかった突然のエンディング、、、。

それでも、我々はステージを見つめ続けていた。

二回もアンコールに応えてくれたのだ、機材まで燃えてしまったにしても きっと最後の最後として四人揃ってひと言あいさつをしてくれるんじゃないだろうか? 

そんな勝手な期待を抱いていたのだ。

しかし、それはありえなかった。

正確には憶えていないが、野音で音が出せるのは午後九時までだからそのあたりの時間だったのだろう、

我々は放心したように客席でボーっとしながら「とりあえず一服しようか」と誰かが言い出したのでタバコに火をつけた。 

しばらくすると一人のリーゼントが我々に寄ってきて「すいません、タバコ一本いただけませんか」。 

ショートホ-プを渡して火をつけてやると彼は「どうも! しかし、終わっちゃいましたね。。」

「うん、終わっちゃったね〜」 なにげに会話がはじまった。

するとまた何人かが寄ってきた。

「今日でホントにキャロルは終わっちゃったんですよね…」

「もう、絶対に四人そろってはみれないんですよね…」などと会話のような、それでいて

ひとり言のようなやりとりだった。

 

みんな本当に寂しそうにしていた。

ライブが最高だったのでなおさらだったと思う。

 

それにこの時点でも、まだファンの多くは解散という事に納得してはいなかったんじゃないだろうか?

 

…もちろん自分の中のCAROLもみんなの中のCAROLも決して終ってはいない…

 こうへい1957