拷問週のはじまり

今日も外はドンより薄暗い、イマヒトツの天気のロンドン郊外の田舎町である。昨日は久しぶりにザーッと雨が厳しく降ったな、と思えば数時間後には陽射しが眩しくなっていた。

本当にこの天気には慣れることができない私は、今日も寒くなると思ってロングブーツを履いてきたが、事務所の中の気温は高いために脚が蒸しているのがわかり、朝からずっと不快である。早く家に帰って楽になりたい。

さて、先週金曜の夜8時頃にヒースローに到着したマルタ人義母と甥であるが、久しぶりの再会は懐かしくて悪いものではないものの、やはりうちの狭い2ベッドルームのフラットに居座られるのは窮屈であり、2人がロンドンを発つ明日の夕方が待ち遠しい。

義母はそもそももう80近いので、一人で旅行できないからと、昨年の5月で海外旅行は諦めたはずだった。にも関わらず、1年も経たないうちに、甥を連れて図々しくうちのフラットに泊まると行って乗り込んできたわけである。

丁寧に遠慮しがちに、私にいかに迷惑がかかるかを説明してあげても、全く空気が読めない義母と甥であり、うちから最も近いガトウィック空港でなく、わざわざヒースローを選んだのも、航空運賃が一番安かったからに違いない。

金曜の夕方という、一番渋滞を避けたい時間帯に学校帰りの息子を載せて空港へ迎い、空港で待つこと1時間弱。空港は駐車料金も高いわけで、結局は1時間ちょっとしかいなかったのに、11.3ポンド(約1,600円)も払った。

しかも、ターミナル4を目指していたはずが、うっかり八兵衛の私は、高速を降りる寸前に何を血迷ったか、ターミナル5へ行き先を変更してしまった。

あのときの自分の思考回路は全く思い出せないのだが、ただ、すごく疲れていたのはおぼえている。義母たちを迎えての拷問週が始まるという憂鬱な気持ちと、1週間の仕事の疲れと運転の疲れから、感覚が一瞬狂ったとしか説明しようがない。

おかげで、行く必要のないターミナル5へ向かい、駐車場へ入ってターミナル4へ引き返すという作業のために、余計な時間、ガソリン、しかも駐車料金の3.8ポンド(約550円)を無駄にした。

この時点で、先が思いやられた。さっそく大失敗からのスタートだった。

空港で2人が出て来るのを待ち、再会はそれは懐かしく楽しい瞬間であるが、だが、すぐに不安が私を襲った。というのも、2人は巨大なチェックイン用のスーツケースと機内持ち込み用と、しっかり2つずつスーツケースを持って来たからである。

巨大なスーツケースは、つまり大量に買物をして帰るということを意味しており、そのためにeasyJetなどの格安航空会社ではなく、エアマルタで来るのであるが、そもそも、私の愛車は、マルタで購入した小型普通車であるという事実を完全に無視して、図々しく大量荷物でやってくる時点で、もう人の迷惑など考えていないということが決定する。

義姉や姪の車は、わたしのしょぼいKIAの小型車よりも古くてパワーがないオンボロ号なので、こんな膨大な荷物と一緒に空港まで送ることができるはずがない。そこで「どうやって家から空港まで来たのか?」と訪ねた。大型車に乗る友達にでも頼んだか?と思っていたら、「タクシーで来た」と。

「そうだよね。こんなに乗るわけないもんね」と、苦笑いした。

マルタではタクシーを頼むが、ロンドンでは可哀想な日本人をこき使うわけである。

当然だが、後ろのトランクには、巨大スーツケース1台が限界。後ろの席に巨大でしかもハードのスーツケースを乗せるために、運転席のシートをギリギリまで前に移動させ、助手席に座る息子の足元に小型のを1台、義母がもう1台を抱えるという、ありえない拷問ドライブが1時間以上も続いたわけである。

私は右足を動かす度に、ハンドルの下の辺りに膝が当たるという大変不快な状況での運転を余儀なくされ、しかも、細心の注意を払ってブレーキをかけなければ、ブレーキが効きすぎてスムーズに停止することが困難なKIAであるため、停止するために、突然停車しているかのような、乱暴な運転となり、不快極まりない時間であった。

頼むから、スーツケース、1台くらいは諦めてほしかった。送迎を頼むならそれくらいがせめてもの礼儀ではないのか。だが、彼らは常識の通用しないマルタ人なのである。

空港へ送る明日は、これらのスーツケースが、無駄な日用雑貨や安っぽい服飾品でいっぱいになる。帰りは、一人だけでも電車で、と提案してみたが

「大丈夫、なんとかなるから」

と、まるで空気を読んでいない、無知で自己中なマルタ人に落胆する。

自分で移動できないのなら、わざわざ来てくれなくてもけっこう、という私がおり、一方で、うちの息子に会えなくて寂しいのを、これみよがしに息子に言い聞かせる義母を見ていると、そもそも、考え方が違いすぎるというか、義母からしたら「わざわざ来てやった」ぐらいに思っているはずであり、甥にもわざわざ同行をお願いして来てもらった、という姿勢であるから、私がそれを世話するのは、当たり前じゃないか、と思っていると思われるのが怖い。

義母がそうでないにしても、高飛車な義姉は絶対にそう思っているはずだ。

「お前らがマルタに帰って来ないから、わざわざ老体に鞭打って年老いた母が、忙しい息子を連れて、会いに行ってやってるんだぞ。だからお前が世話するのが当たり前だろ」と。

来年は、姪を連れてやってくると張り切る義母を見て、これが最後である、と神に誓う私である。来年は、必ず阻止しなければ私の精神の安定はなく、謎の痒みに襲われ続けるのだから。