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HDシエル日記 5 慣れない作業

自分は元来ギッチョだった。

それを小学校に上がる前に強制的に右手で字を書くようにされた。

これは当時、ツラい記憶で物心どころか知識も知恵もない5歳のガキンチョに幼稚園の先生、多分園長先生(女性)だったような気がするが“習字などを含めて右手で字が書けないと不便”と言われたのか?不利と言われたのか?

幼稚園の卒園後から小学校に上がるまでの僅かな期間で右手で筆を持って、右手で毛筆で字を書く練習を散々させられた。

字がウマいと思ったことは字を書くのに不便したこともない。

習字の時間は右手で筆を持ち、左手で半紙を抑えながらの習字・習字。

当時、自分が通っていた幼稚園では英語の授業ならぬ歌の時間があったと記憶するが“ABCD,EFG,HIJK…”とZまで続く歌があった。

今も諳んじている。

何十年もこの歌を歌った記憶はないのにソラで出てくる。

この歌を歌いながら“ABCD”とノートと言うか、画用紙みたいなものに書いたか?書かされたかした記憶がある。

自分の生涯の最初に近い記憶である。

そして、ママが(我が家はママ・パパが家の中で当たり前で友達の家に行ってママ・パパと言わないのを聞いて“???”って感じだったのを記憶する。

小学校に上がってからも何かあると直ぐに左手が出てしまう。

殴る訳じゃなく、具志堅の左でもない。

それが完全に右手で字を書けるようになったのは1年の終わりか、途中か記憶はない。

因みに弟は右利き。

親父は右利き。

お袋と自分だけではなく、家族で半分がギッチョバイ。

だからABCは書けたが中学になって、最初の授業がABCの書き方みたいな授業。

中学に上がったばかりの自分は12歳でもう左利きじゃなかった。

左手で英語を書いたことがある人は分かると思うが紙を垂直に立てて上から下に書くようにしないと英語にならない。

つまり、ABC〜Zまでは右利きの人間が右手にペンを持って書くのに向いている作業なんだと中学に入った時に自覚させられた。

幼稚園を卒園して小学校入学までの短い期間で習得、と言うより強制させられた余り愉快ではない記憶である。

してみると、確かに英語のスペルを筆記体のみならず板書を移すのに左から右に字を書くシステムは理に適っていない。

ノートが自分の書いた・写した端から自分の手で擦れてノートが汚れるようになる。

字の巧拙ではなく、道理のようなもんだ。

因みに申し添えるなら自分は何事においても器用ではない。

親父は細かい上に器用だったし、お袋は達筆でよく家で封書を便箋に書き投函していた記憶もあるがどちらかと言うとではなく、お袋は完全にギッチョ人間だった。

と、思う。

裁縫なんかは右手でしていたがかなりのことを左右両手を駆使して使いこなした。

おまけに料理・茶道・華道その他諸々の免状を持っている人間で躾けの一環でやった(やらされた)んだろうがそれはもう器用な人だった。

対して、自分の不器用はどこから来るのか知らぬ。

精々、言えるのは野球では右でも左でも打てた。

投げるのは右手である。

左手で投げられれば大リーグボールが投げられたろう。

で、その前置きから今の事になるが右利きの人間=大多数の人は右利きの為に左手に穿刺し、左手を透析時間中固定させられる。

本を読めば分かるが大抵の本は縦書きで右から左に書く。

書くときにそうすると言うことは読む時も同様の作業。

のように思えるが、英語を含め僅かに大学で使ったフランス語なんかは左手では非常に書きずらい。

日本人のみならず・中国人や韓国の方も同様だと思う。

浅学で記憶が定かではないんだはアラビヤ語は左から右に買いたような…

然し、人間を50年もやっていると“昔ギッチョだから”って、左手で葉書も封書も書かない・書けない。

習慣と言うのは実に恐ろしいものだと思う。

でも中学だったか、高校だったかで体力測定時に強いのは左手。

跳躍も右でジャンプするより左足で蹴って飛ぶ方が高く上がる。

“三つ子の魂百まで”?

勿論、今ではではなく今でも自分の字は汚いし、時に自分で書いた字が判読不能だったり…

これはギッチョとは関係のない話。

が、実際せめて器用だったかもしれないのは小学校の5年生頃にやっていた・入っていた少年野球。

リトルリーグなんて言うレベルではなく、小学生の遊びの延長線上。

打席に立つときには右手投手の時には左バッターボックスに立ち、左投手の時には右バッターボックスに立った。

野球に才能があれば今頃、こんな状態になっていないのが実際。

立ちどころに分かり易いのはスーツでなくともボタンのついたシャツなど着る際に通す腕は右が先か?左が先か?

それで大体、ギッチョも分かる。

現実問題としてはギッチョだったからと言って、好い思いをしたことは…

出て来ない。

他には授業中などで挙手をする際に挙げる手が右か左か!?

元ギッチョの自分は右手で板書を写しながら左手で挙手は楽勝。

だからなんだ?!

と言われると、何も反論できないが。

身近にポットや珈琲を淹れる・落とすのどっちの手か!?

シャツはどちらの袖に先に上でを通す!?

実生活上では右手でシャツのボタンを止めるのは不可能ではないがぎこちなくなってしまう。

他にはスーツから財布を出す手、自分は左の内ポケットから出して右手で持ってから更に左手で持ち直して右手でお金を出す。

多分、一般の方は逆なのでは!?

シャツやスーツは右手でボタンを留めやすく出来ている。

女性用が左前ではなく、右前なのかは答えられないんだが。

ギッチョで得したことは記憶に無い。

あるのは野球で右でも左でも打てるだけ。

左でバッターボックスに立てばその分、1塁ベースまでの一歩が早い分1塁に到達するのに早いばかりか、俊足を誇っていた。

(今やゼーゼーの呼吸器疾患患者だが)

実生活で得をしたと言えるようなことは相当に考え、思い出さないと出て来ない。

世間では“左利きの人は器用”と言う説がまかり通っているが、左利きで不器用な人間がここにいる。

貴方はギッチョですか!?

ギッチョでしたか!?