親近感(0065 ARAB)

昔、5年ほどアラブ首長国連邦商都ドバイに住んでいて近隣諸国をウロウロしていました。だからアラブの国々には少なからず思い入れがあります。ですので今回取り上げるクルマは、その″ARAB″という名称に何だか親近感を覚えます。

あのネイピア・レイルトンを製作したことで高名なレイド・レイルトン(Raid Railton)は、レイランド(Leyland)社を辞してトンプソン&テイラー(Thompson & Tailor)で働くようになるまでの1925-30年、レッチワース(Letchworth)にアラブ・モータース(Arab Motors)を設立し″ARAB″というクルマを作ります。

このクルマはパリー・トーマス(Parry Thomas)がデザインしたレイランド・エイトの巨大なエンジン(6967または7266cc)を縮小したようなエンジンを搭載するパフォーマンス・カーでした。

水冷直列4気筒OHCの1960cc(ボア70×ストローク127mm)エンジンは65bhp/4000rpmを発揮しましたが、何と言ってもバルブスプリングが興味深いんです。レイランド・エイトと同じリーフ・スプリング。

しかし、エンジンの要となるクランクシャフトは4気筒とはいえ2リッター・エンジンを支えるため滅法重いのに、わずかに2つのプレーン・ベアリングで支持されているに過ぎず、トラブルが多発したようです(もっと小さい排気量なら大丈夫なんですけどね)。

前出のレッチワース工場で、このエンジンに汎用の4速ギヤボックスを取り付けたホイールベース2794mmのシャシーが2種類作られました。£525のハイ・シャシー(2シーター/4シーター、最高速130km/h)、と£550のロー・シャシー(2シーターのみ、最高速145km/h)ですが、パリー・トーマスの死(0017「死の真相は?」参照。http://SNS.jp/view_diary.pl?id=1953636478&owner_id=9783394 )とともにアラブ・モータースは閉鎖され、僅かに6台のみ生産されたに過ぎません。ただ、レイルトンがトンプソン&テイラーに移るとき、できていた部品を持ち込んで数台組み立てられたとか。

稀少性、カッコ良さ、背景にある物語など、どれをとってもイギリスのサラブレッドであることを疑う余地はありません。知名度ほそれほどでもないんですけどね。